昨年11月のブログで「なくなると言う事」を書きましたが


初盆を控えて思う事を書きます


人は亡くなったらどこにいくのでしょうか?


私的には以前から思う事があって、身内など知り合いが亡くなると


より深くその事を考えてしまいます


亡くなった方は、全く無くなってしまうのでしょうか?


49日や、初盆や、1周忌、3周忌、、、ずっと続く供養は


生き残った者たちが亡くなった方を忘れないためだとか言う人もいますし


又あちらの世界から戻ってくるのでお迎えするのだという人もいます


私は後者に近い考え方で、あちらではそれなりに教育が又あるのでは


ないかと思っています。


そしてその一環として地上の世界へ戻ってくるというカリキュラムが


あるのではないかと。


とは言え肉体を持った私達とはちがうのでいつでも、どこにでも


自分の思うところに行くことができるはずです。




初盆までは、必ずみな戻って来られるのですが、その後は、戻ってこれるのは


亡くなった後の教育で、順調に神様との約束を理解でき、これから


何をすべきかわかった人だけが地上に降りて、皆に会う事が出来る。


という事ではないかと。いわば学校で体験した社会科見学?のような


授業のひとつととらえます



又残されたものが、天命を全うできるために、急きょ降りてきて


手を差し伸べる事もあるのです


それ以外は降りてきても眺めるだけで何もしません



肉体を着ている者たちには、修行中の魂は見えませんし触れませんから


こちらなりの接し方をします。どうしても望むことがあれば


なんらかの方法で伝えてくるのです


昨年亡くなった妹は、49日を迎える前で我が家に遺骨を預かっている時に


たまたま遊びに来ていた孫娘に伝言をしました。


この世に生を受けて一番短い時間の子供にです



生あるものは、神様からのGOサインと共に受胎できるのだと


思っています


だから神様と話した一番近いのは産まれたての命、そこからだんだん


離れるにしたがって目に見えないものの声は聞こえなくなるから


我が家の中で一番、魂の声を聞き取れて、つたない言葉ですが


我々に発信できる孫娘に気持ちを託したのでしょうと


私は思いました


これから初盆を迎えるにあたって、地上で生きている私達は何をすべきか



妹が、亡くなった者たちの受ける授業を安心して受けられるように


したいと考えています