膝が痛いと思うように動けません。


でも必要最低限の家事はしなくてはなりません


というかそれくらいはちょっと頑張れば出来るのです


だからやるのです。でも実際はきついのです。


無理を承知で歩くから、膝の痛みを軽減するためか、他の腰や痛くない方の膝に負担が


かかり別の所が痛むようになるのです


肩こりのようなこり方が、腰や太ももに出てくるようです


子供にちょっとだけ「もんで」とか「さすって」とか頼みます。


でもきりがないのです。もう気持ちよくてずっとやっててもらいたい


そんな気持ちを途中で断ち切らないといけないし


ひとときの喜びと終える時の苦しみ、そのギャップはストレスにもなります


子供の頃、ブランコを高く高くビュンビュン漕いで、


1回転するんじゃないだろうかというくらいの高さまで漕いで飛ぶ


そんな遊びをしていました。一瞬空中を飛んだような面白さがあるのですが、


今考えたら命知らずですよね。なんと無謀な遊びをするんでしょう


ある日そのブランコから飛び降りた瞬間、なぜか左膝を伸ばしたまま着地


してしまいその日から今まで膝の痛みとの付き合いになりました


病院にも行かず自然と歩けるようになり、又走れるようになりました


でもその時以来私の左膝は、重く硬い何かがまとわりついている


感触になりました。でも普通に生活はできますし困ることはありませんでした


ただ湿気の多い日は、血行が悪くなり痛みやだるさが感じられ


その痛みは年を重ねるごとに、ひどくなっていき


45年後その爆弾抱えた左膝ではない方の右ひざが


無理をしてきたせいなのか、半月板を切るという事態になりました。


弱い左足1本にのぞみをたくさなければならくなり、再び左膝の頑張りが


必死の事態になり、膝の負担を軽くするために、太もものかすかな


筋肉を鍛えたり体重を落としたり、日々頑張らなくてはならなくなり


きつかったですがそれもいつの間にか、クリアして普段の生活が出来る様に


なっていきました。ただし、走ることは出来ません。小走りも出来ません


信号は点滅したらじっと待つ。


孫と小走りも無理です。


元をただせば、自分の無謀さとおきた出来事をきちんと治さなかった事からきている


のでしょうか


60を過ぎた私達世代は、無理を押して頑張ってきた世代と言われたりしますが、


私の場合は、私の性格的にそんなかっこいいものではなく、ただ背負った出来事、


起こしてしまった出来事を なんかうやむやにしていまいその場を通り過ぎる


なんか臭いものに蓋をするみたいに、なかった事にして乗り越えた気になっている


今は昔のようなバイタリティはない為、臭いものに蓋をする事すら出来ない


でも痛みで眠れないところまではいってない事に感謝するしかないです