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新しい年が始まって早くも半月経ちました


昨年の今頃は、どんな事を思っていたのか


振り返ってみましたら、主人の暴言に怒っていました



今年の私は、まだ主人ともめてはいません。


暴言をはかせないように、先手を打ってきたところも


ありますが、私の飲み込む容量が大きくなってきたようにも



思えます。


それは、我慢というわけではなく、何故暴言をはくのかを


考えるように努める様にしてきたからかもしれません。



主人は吐きたくて吐いてるわけではないはず、と考えたり



暴言をはいたつもりがないのではないかと考えたり



主人のことばを聞いて自分が、暴言だと受け止めているだけ



自分の受け止め方一つで違った言葉に聞こえるのではないかと


考える様になったのです。



そうは言っても、あまりにも落ち着けないときは、



後ろをむいて「ちっ」といってみたりもしました



それだけですーっとしたりして


割と単純な事で気持ちは変えられる事に気がつきました



だけど遅いですよね。もう60ですよ。



なんでもっと早くこんな事をやってみなかったのか



もっと長い事夫婦が和やかに過ごせただろうに


と思いました。いや今だからこういう風に考えるように


できるのかなとも思いますが、、、



どちらにせよ未熟者と言う事ですね



だからこそ生きる楽しみもあるのかも。



やっと気がついてきた事や、やっと出来るようになってきた事が



1つ、2つ増えてきたのですが、同時に忘れてしまう事が



1つ2つと増えてきました。



得るものがあれば、失うものもある。



還暦を迎えたら赤ちゃんに戻ると言います



やっとこの歳になってではなく、この歳になったから



出来るようになった事があるのですかね。



第二の赤ちゃん期は、体の衰えをおぎなうかのように


心の目で物事をみるようにできているのかもしれないなと



思います。脳の衰えは止められなく、どうしても思い出せなくて



悔しい思いをしたりします。ついこの間、おせちに入れる為に



年末に用意していた伊達巻が、いざ詰めようとした時に見つけられずに


終いには、買ったと思っていたけど買い忘れていたんだと


悔やみました。



ところが三が日も開けて冷蔵庫を片ずけていたら



ひょっこり 年末に買っていた伊達巻きがあるではないか !



見つけきらなかった事も悔しかったけど、買ったと思っていたけど



買っていなかったんだと思った自分が情けなかった



相当自信がなくなっている証拠です。



又膝が痛んで、階段の登り降りがぎこちないのも


痛切に感じました。胃もたれしたりと。


今年は体の健康に気を使って過ごす事を


目標にしたいと思います。




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