孫の入園式で園長先生のお話を聞いていて思いました


その幼稚園では 日頃から「自分だけの喜びではなく、みんなの喜びを願う気持ち」や


「ありがとう、大好きです」が言えることなどを心がけているそうです


3月に卒園したばかりの子供が小学校の入学式の帰りに その園に寄って


ランドセル姿を見せに来てくれたそうです


その時にお手紙をもらったそうです


その中には「○○先生だーいすき、今までいつも 


私たちに 優しくしてくれて


ほんとうにありがとうございました」と書かれていたそうです


園長先生は、いつも願っていた気持ちが、子供たちの心に育っていたんだなぁと


大変うれしく感じたそうです


幼稚園児の年齢は3才~6才です その小さな子供たちは


ありがとう や 大好き と言う言葉が言えます


ところが、40才を越えた、おじさん、おばさん で言えない人が


世の中にたくさんいます


60才を越えたおじさん、おばさん、いや おじいさん、おばあさん


と呼ばれる人たち、年を重ねるごとに、言えなくなっています


何度も書きましたが、家庭は一番小さな社会で、基本集団だと思うのです



その中で、甘えがあるのか、意地の張り合いがあるのか



言えなくなって 仲良く時を過ごせなくなっている気がします


家庭円満、仲良し家族、と言える人たちは、この事が


出来ているのではないでしょうか?


基本って大事ですよね


何でも、基本、基礎がしっかり作られていないと、崩れます



日本の60才以上の男性の方によく感じられるのですが、男は涙を見せない


とか、男はじっと我慢とか、男は黙ってなんとか、、、みたいな


そんな環境のなかで 生きてきたせいか、喜びでさえ出せなくなっていて


自分ひとりワイワイ 喜びを、表すなんぞ、この戯け者が!とか


ましてや、悲しい事があって泣き顔をみせるのは、軟弱だとか


どんなに辛くても 歯をくいしばるっていうのが くせになっている


そんな気さえします。確かに 自分だけ嬉しくても周りの人が


そうでもなければ、なんか居心地わるいし、悲しみをかみしめている人が


いたら、気持ちを抑えるのが礼儀でしょう


家庭の中でも、相手の気持ちを考えて、自分の気持ちを出すのは


大事ですが、そうやって抑えに抑えて、それが習慣になってしまった


と言う事はないでしょうか?


聞いてここち良い言葉、「ありがとう」や「だいすき」「感謝してる」


などは、周りの人が聞いても なんか心地よく感じます


私は心 がじんわり温まってくる気持ちになります


だから、この心地よい言葉を出す事を


習慣にしていくといい人生が送れるのではないでしょうか?


マザーテレサの言葉にもあるように、


習慣になるとそれは性格になります


性格になるとそれは、その人の運命になります