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昨日はホワイトデーでした


主人と出逢って41年間 毎年バレンタインデーには チョコレートを渡してきました


結婚するまでは ほとんどが手つくりチョコでした


子供が小さい時は 一緒に簡単なチョコを作ったり 楽しんでいました


そのうち手抜きになり 市販のチョコになり 気持ちのないチョコになり、、


息子がもらってくるチョコの方に気持ちが 持ってかれて


主人に渡すチョコは 夫婦の義理チョコになっていました


そんな私の気持ちは きっと 主人にも伝わっていたのでしょう


そのころ 愛犬との出会い、初めてのペットのお世話、思春期の子供の問題


長女の一人暮らし 等々など  我が家は慌ただしい毎日に 翻弄されていきました


それと並行するように バレンタインデーもホワイトデーも 影をひそめ


形ばかりの行事となっていきました



それでも、毎年欠かさず 交換することは 忘れていませんでした



と言うか、 ホワイトデーを もらっていたのかも おぼえていません



それから数年後 気持ちがないチョコは 渡す意味がないなと思うようになりました



しかも 主人は甘いものは ほとんんど 食べる事がなく チョコを貰っても



私が食べたり、娘が食べたり 本人はたぶん 食べてなかったと思います


だから きいてみました「バレンタインのチョコはいる?食べないみたいだからさあ」


「欲しい?」と すると こんな答えが返ってきました


「息子に聞いてみろ」 でした


いつでもそうなんです 自分の意見 気持ちは絶対言わないのです ずるいのです 



だから 「あの時、ああ言ったじゃない」 とか 「こう言ったよね」 とか 言えないようになっています



息子にきいてみました チョコが嫌いな人は バレンタインデーは要らないもの?



「それは違う、たとえ嫌いでも バレンタインデーに いただくことは嬉しいよ」と言ったのです



そうかぁ、、、ほしいのかぁ、、 ならそう言えば かわいいのに 素直じゃないんだから、



そこは 悟れよってことなのかしら? むずかしいな 人の気持ちって


しかも 渡しても それほど嬉しそうでもなかったし、、



気持ちは伝えないと つたわらないですよね。 言葉に出来ないにしても


ニコッと笑うとか、私が読むことが出来なかっただけなのだろうか?



まあ、そうとわかったら チョコではなく ハンカチやネクタイみたいな 別の物をあげるとか 



ある時は、ピーナッツにチョコをコーティングしたり


ある時は 普段のんでいる紙パックの焼酎を 素敵な瓶にうつして リボンをかけたり


お金は使わないで 工夫するようになました


義理になっていたバレンタインデーが おかげさまでと言ったらいいのでしょうか


一生懸命考える日になっていきました


そうして数年たった今 またチョコに戻っていますが、愛情もこめて


渡しています ホワイトデーには いつも忘れずに 素敵なクッキーを


用意してくれています。私の他、娘たちや、息子の彼女にもです 



今年はクッキー+有田焼の可愛い小皿を頂きました




今までは それほど感じなかった ホワイトデーですが 我が家のような



コミュニケーションがうまく取れない夫婦には とても良い



イベントになっているのかもしれないと感じました